あたりは潤いにみたされ、
春は手に触れるすべてのものを、
彩（いろどり）に目覚めさせる。
草や樹はいっせいに応える。
朝、生まれたての命でふくらませた新芽は、
せせらぎの愛撫をうけながら
夕方には、涼しい顔で一人前の若葉となっている。
昨日までは、梢のてっぺんにしかいなかった葉も、
今日になると、枝という枝に姿を現している。

形ある物がみるみる増えてえてゆくのを見るのは、
不思議な思いがする。
大木になれば葉っぱの数はけっこうあるので、
樹 全体ではすごい量の物質が増加したわけだ。
空気は、
あらゆる物を成長させる能力を持っていることを、
この季節、はっきりわかる形で
わたしたちに教えてくれる。

｢おこんにちは、良いお天気さまで｣
どっかで、ば〜さまの声がする。
散歩から戻ってきたらしい男衆（おとこし）が
｢マッタク！！ 取って置きたくなるような、日よりですナ！｣
場違いな、腹の底からの大声で応えた。

スケッチしていた僕は、
｢ソウ、ソウ、そんなタイム なんだナ 今ちょうど……｣
と一人ごちた。
チチチ、チゝゝ……
｢あっ！ひょっとして鳴けない前の鶯じゃないかナ？｣

コロコロ……、鉛筆が転がる
乾いた匂い、乾いた色、乾いた響き。
乾いたエネルギーのちっちゃな爆発だ。
転がった鉛筆の先を目で追うと、
コンクリに僕の影が真っ直ぐ、神々しく映っていた。
神々しいって？
僕が？
いや！ それは、僕じゃない
��春�≠ｻのものなんだ。
だから神々しいんだ。

春がスケッチしている
    ――それを眺めている僕。

｢ホーホケキョ 待ち侘びている スカイ・デイ

一羽の蝶

一羽の しじみ蝶が野バラにとまるように
わたしは
渓水の響にとまる
ピンクの陽光にとまり
輝く朝露に停まる
皐月の朝
わたしは 許された この一刻にとまる。
しばらくの間 此の地にとどまる
愛せよとの声に従って……